日本の映画は「静寂の使い方がうまい」とよく言われるけれど、この作品を観て、それが本当によくわかりました。
吉沢亮さんが演じる花井東一郎という役者の人生の重みが、言葉よりも“間”と“沈黙”で語られていくような構成で、場内のあちこちから「息を呑む音が聞こえそう」なほどの緊張感。
音楽が鳴った瞬間、ようやく自分がずっと肩に力を入れて観ていたことに気づく。
でも音楽が止むと、また自然と力が入ってしまう。
そんな緊張と緩和の繰り返しの中で、私は終始、スクリーンに釘付けになっていました。
基本的には洋画ばかり観ていて、邦画は「話題になったもの」しか観ないのですが(今回もその流れです)、
それでもこれは「映画館で観てこそ価値がある作品」だと感じました。
ぜひ、上映中にもう一度観ておきたい。
レイトショーだったので帰り道はほとんど人もおらず、
まるで自分の人生が少し変わってしまったような余韻に浸りながら、ゆっくりと歩いて帰りました。
明日には、きっといつもと同じ朝が来て、同じ日常が始まるんだと思う。
それでも、映画を観た後のこの感覚──「余韻」って、本当にすごい。
もはや“その余韻を味わいたくて映画館に通ってる”と言ってもいいくらい。
「みんな歌舞伎に狂っている」
登場人物たちの中に流れる歌舞伎の“呪い”や“執念”の描かれ方が見事でした。
たとえば、「歌舞伎が嫌い」だったのはきっと万菊さん自身だったんだろうなとか。
どれだけ落ちぶれても「演じることをやめられない」主人公たち二人の執念。
なぜ“本物”には拍手を送りたくなるのか──その理由が、言葉ではなく感覚で伝わってくる。
最後に見たきくちゃんの景色は、きっと彼の中にあった「美しさ」の概念が具現化されたものだったのかな。
だとしたら、あの雪の降る長崎での記憶も……。
と、考察も楽しくて、観終わってからもずっと頭の中で物語の断片が繰り返し流れ続けていました。
あとがき
主題歌をKing Gnuの井口理さんが歌っていると知らなくて、流れた瞬間に鳥肌が立ちました。
井口理さんの高く繊細な歌声は、歌舞伎の男性が演ずる女性「女形」と通ずるところがあるなと思い、納得の選曲でした。
ちなみにエンドロール中、
「もしかしたら上演終了に誰かが拍手するんじゃないか」と少し期待していましたが、起こらず…。
自分だけ拍手をする勇気も……当然のようになかった(笑)
おわりに
静けさの中に感情が波打ち、心の奥をつかまれてしまうような邦画って、本当にすごい。
特に劇場で観ることで、映像や音に包まれるような没入感が得られて、忘れられない体験になります。
今回の作品もまさにそれでした。
この映画に出会えてよかったな、と思えた静かな夜でした。